第41回「石橋湛山賞」受賞 山本章子氏インタビュー

2020年9月25日に発表された第41回「石橋湛山賞」を『日米地位協定――在日米軍と「同盟」の70年』(中央公論新社、2019 年5月刊)で受賞された琉球大学人文社会学部准教授・山本章子さんにメールでのインタビューを行いました。(インタビュー収録:2020年9月30日)

 石橋湛山賞の受賞、おめでとうございます。本書刊行後に、中公新書さんのウェブサイトでインタビューも公開されていますので(2019/11/07著者に聞く 『日米地位協定』/山本章子インタビュー)、ご執筆の経緯などはそちらにゆずるとして、もう少し細かい部分や、その後について、今回はお伺いさせてください。
 2017年に博士論文を書籍化された『米国と日米安保条約改定――沖縄・基地・同盟』(吉田書店、2017年、日本防衛学会猪木正道賞奨励賞)と書き下ろしの『米国アウトサイダー大統領――世界を揺さぶる「異端」の政治家たち』(朝日選書、2017年)を刊行されてから、2年後の2019年に『日米地位協定』を刊行されておられます。短期間で非常にすばらしいお仕事をされておられますね。

山本 2017年に単著を2冊書き、2019年に3冊目の単著となる『日米地位協定』を出したのは主に就職のためです(笑) 現在は研究者の就職状況が非常に厳しい。特に大学に専任教員として就職するのは狭き門で、私の専門分野である国際関係論の研究者はシンクタンクで働く方も増えています。研究者の就職は基本的に業績で決まるので、とにかく業績を増やすことに必死でした。
 私の場合、出版社の仕事をへて35歳で博士号をとったので、人より抜きんでた業績がないと就職できないと思い、学会誌掲載論文や共著論文と並行して単著の執筆にも取り組みました。結果的には、『日米地位協定』を書いている最中に現在の勤務先への就職が決まりましたが。

 石橋湛山賞の受賞は周囲からの祝福の声は多くあったかと思いますが、ゼミの学生さんたちなどからも反応がありましたでしょうか。

山本 沖縄には沖縄タイムス琉球新報という地元紙があり、その二紙が受賞を報じてくれたので、記事を見た学生が卒業生も含めて祝福のラインをくれました。

 卒業生の方も、先生のご活躍が嬉しかったのでしょうね。勉強中の学生さんの励みにもなったことと思います。ご自身の学生時代に関して、中公新書のインタビューで「すでに学部と修士課程で外交史の手法を身につけた後だったので、専門を変えませんでした」とお答えになられています。途中で手法・分野を移動することの大変さもあるからだとは思いますが、外交史の面白さや魅力をお感じになられていたからかと拝察いたします。法学・政治学・政治哲学ではなく「史学」、歴史を扱うことの魅力などがあれば教えて下さい。

山本 私の場合、現代史が専門なので、歴史といってもまだ当事者や関係者が生きている、つまり現在にそのままつながるテーマを研究しています。現代史というのは、現在進行形の事象を分析するのではなく、その起源や現在に至る経緯を分析する学問だと思います。いま起きていることを背景や紆余曲折も含めて総合的に見るというのは、問題を指摘するときには不可欠な作業だと思います。

 安倍前政権において「公文書の廃棄」が問題となりました。その後、様々なイシューがあるなかで、一般の関心が薄れているように思います。ただこれはその事件だけということでなく、歴史性に対して問題があると思うのですが、何かお考えがあればおきかせください。

山本 そもそも、戦後日本の官僚や政治家が公文書の保存に熱心だったことはほとんどありません(笑)外務省は外交史料館をつくって、他省庁に比べればきちんと公文書の管理をしていますが、日米安全保障条約や日中国交回復に関する公文書は、破棄や書き替えがあったと言われています。
なので、いかに日本政府の公文書を当てにせず、新聞、当事者・関係者へのインタビュー、外国政府の公文書などありとあらゆる情報をかき集められるかが大事になります。逆にいうと、公文書を廃棄しても事実の完全な隠ぺいはできないので、ばれたら問題になるようなことはしない方が政府のためじゃないでしょうか(笑)

 2020年9月24日、毎日新聞「月刊・時論フォーラム」で「利害より倫理」を発表されておられます(毎日新聞「月刊・時論フォーラム 利害より倫理」、リンク先は有料記事)。
 さまざまな人的理不尽が「利害関係」をもとに生まれることに対して、それをチカラで封殺することはできたが、そもそも「倫理」が必要ではないか、ということを提示されておられます。もう少し具体的にどのような倫理を求められておられるのか、教えて下さい。

山本 そんなに難しいことではなく、一歩間違えば学生の一生を台無しにしかねないようなことをした指導教官に対して、その後も同様の被害にあう学生が出ないように大学が措置を講じるべきだと考えています。私が在籍した大学の学科は、一人ではなく複数人の指導体制をとったり、相談員制度をもうけたり、元の指導教官の許可なしに指導教官を変えることができるようにしたりしています。それでも、指導教官が自分以外の言うことを聞かないよう学生に強制したり、相談員が同じ学科の教授陣で同僚をかばう発言をしたりということがありました。何より、指導教官と学生の間に起きたことを一切公表しない。どうせ狭い大学内で人づてに名前は伝わりますから、起きたことは匿名で公表して記録にも残し、教員にも学生にも注意喚起をすべきです。

 現政権が高齢男性ばかりであることが批判されており、単純にその属性だから問題、ということではなく、似たような属性の人が意思決定機関に集中することでの判断の偏りが懸念材料とされているのだと思います。

山本 所属している国際政治学会は女性が多く、理事長はじめ重要ポストにもふつうに女性がつきます。また、学会年次大会の部会・分科会や科研の共同研究でも、年齢バランスやジェンダーバランスは偏りがないように考慮されています。というか、年齢やジェンダーのバランスが悪い研究企画は、いまは審査で落とされます。そういう場では、ハラスメントを行う研究者は自然淘汰されていくのか、不愉快な経験をしたことはそんなにありません。
 なので、年齢やジェンダーエスニシティや出身地、キャリアパスなどの多様性を組織の構成条件にすることは、ハラスメントを防ぐためにとても重要だと思います。

 今回の受賞作も含め、日米関係について、史料に基づき深く、一方で明解に歴史的な意味を鮮やかに見せて下さる成果にとても注目しております。今後については、中公新書のインタビューで「次は1970年代末、米ソのデタント(緊張緩和)が崩壊し、新冷戦に向かう時期の日米関係を研究したいと考えています。」とお話されています。こちらもとても期待しています。個人的には論文「アイゼンハワー政権の対ソ文化交流:クラシック音楽を事例に」も少し他とは違うテーマで面白く拝読いたしました。こうした文化についてなど、またお書きになりたいな、ということなどありますでしょうか。

山本 今後研究したいテーマはいろいろあるのですが、7年半住んでいる沖縄とその周辺では日々、日米安保に由来する様々な問題が起きており、他人事ではいられない場面も増えてきました。他のテーマにいくまえに、日米地位協定の問題をさらに深めて考察しないといけなさそうです。

 大学にご所属の研究者は「教育・後進育成」もお仕事のひとつかと思います。教育に関して、何かお考えはありますでしょうか。

山本 沖縄は観光や地方自治日米安保などさまざまな問題の最前線なので、沖縄の大学生には本を読むことに加え、学生時代しかできない、現場を目で見て当事者の話を聞いて考える貴重な機会をたくさん持ってほしいと思っています。なので授業では、フィールドワークや基地見学、国会議員や官僚や県庁職員の講演などさまざまな企画を実施しています。

 現在、沖縄に関してテーマにされているということもあり、ご所属も含めて日本・沖縄という土地との結びつきは研究上の必然もおありかもしれませんが、「日本語」圏内での活動にとどまらず、国際的な共同研究や発表の場などの発展をお考えであれば、差支えない範囲で教えて頂けますでしょうか。

山本 沖縄は、米軍基地に由来する問題で世界中から注目されていますので、海外からさまざまな研究者が視察や意見交換で訪れます。それで自然と、国際的な基地問題の比較研究プロジェクトに呼ばれたり、海外で沖縄の基地問題について発表する機会を与えられたりしています。

ありがとうございました。今後ますますのご活躍を期待しております。

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『日米地位協定――在日米軍と「同盟」の70年』(中央公論新社、2019 年5月刊)

山本章子
1979年北海道生まれ。2003年一橋大学法学部卒業、2007年一橋大学大学院法学研究科修士課程修了。2007年から2012年まで第一法規株式会社に編集者として勤務、2015年一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了。博士(社会学)。沖縄国際大学非常勤講師を経て、2018年から琉球大学人文社会学国際法政学科講師、2020年より同准教授。専攻は国際政治史。

著書/共著
米国と日米安保条約改定――沖縄・基地・同盟』(吉田書店、2017年、日本防衛学会猪木正道賞奨励賞)
米国アウトサイダー大統領――世界を揺さぶる「異端」の政治家たち』(朝日選書、2017年)
共著『沖縄と海兵隊――駐留の歴史的展開』(旬報社、2016年)
共著『日常化された境界――戦後の沖縄の歴史を旅する』(北海道大学出版会、2017年)