#Marx200 リポート/江原慶氏/若手研究者が国際カンファレンスに参加する意義

ドイツでマルクス生誕200年を記念したカンファレンス「MARX200: Politics - Theory - Socialism」が開催されました。単著『資本主義的市場と恐慌の理論』(日本経済評論社)を4月に上梓されたばかりの若手研究者、江原慶さんにカンファレンスの様子とご自身の研究などについてお伺いしました。

 ベルリンのカンファレンスに参加されたそうですね。いかがでしたか。どのようなカンファレンスだったのでしょうか。

 日本ではあまり宣伝されていませんでしたが、大阪市立大学の斎藤幸平さんから教えてもらって参加することになりました。最初は渋っていたのですが、海外のマルクス関連シンポジウムは日本のとは雰囲気が全然違う、実際に行ってみるべきだと熱弁されて、説得されてしまいました。
 行ってみると、確かに違う雰囲気を感じました。何よりまず、参加者は900人以上と非常に盛況で、その上参加応募が殺到して応募を締め切らざるを得なかったと、主催者の方が言っていました。実際、マイケル・ハートのような有名人が登壇するメインイベントだけでなく、分科会でも立ち見が出るほどでした。私が報告した”Marx in Japan”セッションにも、用意された椅子に座り切れない人がいました。日本からの参加者は斎藤さん、駒澤大学の明石英人さんと私の3人だけでしたが、対照的と言っていいほど、海外での日本への関心は高いと感じました。
 参加者の年齢層はかなり若くて、かつジェンダーバランスがとれています。報告のバラエティも豊富で、日本だとどうしても経済学が中心になりますが、このドイツのカンファレンスでは、環境問題から実際の左派的な活動に至るまで、様々なテーマが扱われていました。経済学プロパーのセッションはむしろ人気がなくて、経済学をやっている人間としては少し寂しい思いがするとともに、もっと経済学の意義を伝えていかなければならないという気になりました。

 にぎやかな様子が目に浮かぶようです! 江原さんは、今までもこうした海外のカンファレンスへの参加経験があるのでしょうか。

 私は割と伝統的な方式の国内培養型でして、海外活動の実績はほとんどありません。去年、World Association for Political Economyという学会のモスクワ大会に参加したのが初めてで、今回が2回目です。それまでは、英語で報告したいときは、経済理論学会など、国内で開催される学会の英語セッションとかでやってました。

 なるほど。後になって申し訳ないのですが、江原さんの経歴を教えて頂けますか。

 1987年生まれで、東京大学経済学部を卒業した後、そのまま同じ大学の経済学研究科に進学しました。博士号を取った後は、1年間アルバイトなどをやって、その後母校の助教に採用してもらいました。しかしそれは有期雇用だったので、就活を続けまして、昨年から大分大学経済学部で働けることになりました。
 マルクスに関わることになったのは、学部2年生の終わり頃です。当時の東大経済学部では、2年生の冬学期に駒場で「専門1」という基礎科目を一通り履修するのですが、そのとき一番成績が悪かったのが「経済原論」(マルクス経済学の理論科目)で、それがもっとちゃんと勉強してみようという動機になりました。
 もっとも私が専門にしているのは厳密にはマルクス研究ではなくて、『資本論』を基礎としながら、そこから作り上げられてきた経済学の理論研究です。マルクス経済学というと、マルクスの思想や理論を扱っていると思われがちですし、それは広い意味では別に間違っていないのですが、「経済学」の方にウェイトがあるというか。

 マルクス研究は、マルクスの思想全般について、マルクス経済学研究は、その中でも経済学に特化しての研究ということでしょうか。

 この辺りの区別には踏み込むとヤブヘビになるのであまり深入りしたくないのですが(笑)、どちらかがどちらを包含するといった関係ではなく、基本的に別のアプローチなのだと思います。今回の滞在中に斎藤さんがベルリンフィルに誘ってくださったんですが、そのさい、楽譜を交響曲に起こすように、我々はマルクスのテキストから意味を引き出して論文を書くんだといった主旨で、斎藤さんがマルクス研究をフィルハーモニーにたとえてたんですね。私は音楽はさっぱりですが、敢えてそれに即して言うなら、マルクス経済学の研究にはそういう意味での楽譜はなくて、即興のジャズのような音楽にたとえられるのかもしれません。
 ただ、マルクス経済学もマルクスを基礎としている以上、マルクス研究をないがしろにしてよい道理はないので、門外漢ながら眺めて勉強させてもらっている、といった感じです。

 ありがとうございます。カンファレンスに話を戻しますね。今回はドイツが会場でしたが、言語は何が使われていたのでしょうか。

 ドイツ語が中心のカンファレンスでしたが、英語で聞けるセッションが必ずどこかで行われていて、非ドイツ語話者も退屈しないよう配慮されていました。大きめの会場ではドイツ語と英語の同時通訳が準備されていました。

 江原さんは、英語は学会で問題なく使用できるレベルということですよね。少し話がそれますが、日本は英語教育についての議論が耐えません。実際に長く勉強されていて、読み書きに不自由がない方でも聞き取りと発話は苦手、という場合もあります。江原さんはどのように勉強されたのでしょうか。また、ドイツ語はいかがでしょうか。

 あまり特別なことはしていませんが、英語の勉強はずっと好きでした。駅前留学をのぞき(笑)、留学経験はありません。中学3年から高校1年にかけて親の転勤で北京に1年間いて、インターナショナルスクールに通っていたので、そこでの授業は全て英語でした。ちょうどSARSが流行った時期で、休校になったので、100日くらいしか通いませんでしたが。
 ドイツ語は全くからきしです。マルクスの著作の原書に当たらないといけないときは、英語版と日本語版と独英辞典を全部使って読みます。

 江原さんご自身のお話をお伺いしてきましたが、ご存じの範囲で、同世代の研究者の方の国内での研究や海外の研究との接触の状況について教えてください。ただ、分野によっても傾向がことなると思いますので、ご専門の周辺のあたりについてということになると思いますが、いかがでしょうか。

 同世代の研究者について、正直私はよく知らないのです。大学院在籍時も、同期は一人もいませんでしたし。そういう狭い範囲の知識しかありませんが、若い国内の研究者が海外で活動しようと思うと、全般的にハードルが高くて、それに積極的な人は多くないという印象です。マルクス経済学には国内の膨大な先行研究があって、学生のときにはまずそれを消化しなければなりません。大学院を終えた後、アカデミアで就職せずに海外に行くルートは限られており、ノウハウもほとんど継承されていません。就職できたらできたで、大学の仕事は日増しに忙しくなってきており、海外での研究活動まで手が回らないということになりがちです。要するに、相当やる気を出さないといけなくて、それ自体が大きな障壁になっていると思います。
 しかし、海外との交流は以前にも増して重要になってきています。グローバル化は事実として進行していて、したがって資本主義分析もグローバルになされなければなりません。それにあたって、海外の人々がどういうことに関心を持っているのか知ることは有用です。また、前に触れたように日本に対する海外の関心は高いので、それにこちらから応えてあげる必要もありますよね。
 もとより、海外での仕事には、日本でのそれとはまた違った楽しみがあります。今回、日本の帝国主義論について話したところ、参加者からはインドやアメリカといった、各地の議論について聞くことができました。単純に、異国の空気を吸いに行けるというだけでも、海外に行ってみる価値があります。ソ連崩壊後に育った私たちにとっては特に、「ベルリンの壁」や東西ベルリンの街並みの違いを実際に目にするのとしないのとでは、冷戦期に対するリアリティがやっぱり違ってくるでしょう。ベルリンフィルに行ったりとか(笑)、そういうアフター5のエンタテインメントも魅力的ですし、必要です。海外活動のハードルは確かに高いのですが、経験をシェアして助け合いながら、なるべく多くの 日本の研究者とそれを乗り越えていければと思っています。

 ありがとうございます。ただ海外にでればよいわけではもちろんありませんが、優秀な研究者が国際的な研究の場に参加することで得ることが大きいことがよくわかりました。ポスドク問題や人文学・社会科学研究の軽視など、国内の研究状況は決して恵まれてるとはいえない状況の中で、皆さんががんばっておられること、そして江原さんたちのような研究者がでることが素晴らしいなと思っています。蛇足ですが「厳しくても良い研究者でるなら今の環境でもOK」ということではなく改善は必要だと思っています。私はアカデミック内の人間ではないので、それはステークホルダーとして協力できることに取り組みたいと思っています。
 最後に江原さんの今後の研究の展望など教えてください。

 大学院のときからやっていた研究は、本の出版でとりあえず一区切りになるので、次は貨幣論とか、『資本論』でいうと冒頭部分にあたる領域をやりたいと思っています。マルクス経済学でずっと問題になっている、不換制を含めた原理的な貨幣の理論です。仮想通貨の登場などを受けて、貨幣制度の構造も揺さぶられているので、その辺りの現実を展望できるような抽象理論を考えたいです。
 あとはこれまで書いたものを、英語でもう一回考え直して、海外展開をさらに充実させていきたいと考えています。その過程でどこがうまく通じないのか、あるいはどこが煮詰まっていないのか、新しい問題が見えてくると思うので、それをきっかけにして研究の中身を向上させていこうと思います。

ありがとうございました!

インタビュアー 小林えみ

江原慶(えはら・けい) 大分大学経済学部准教授。1987年生まれ。東京大学大学院経済学研究科博士課程修了(博士(経済学))、東京大学大学院経済学研究科助教等を経て現職。著書に『資本主義的市場と恐慌の理論』(2018年、日本経済評論社)。