【書評】「客観的な真理に向かって ――相対主義/構築主義について論じる上での必読書」(評者:山名諒)

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Paul Boghossian "Fear of Knowledge: Against Relativism and Constructivism"

 

本書の著者ポール・ボゴジアンは、現代認識論において大きな影響力をもつ哲学者の一人である。ボゴジアンが本書で目指すのは、副題にあるように、相対主義構築主義の批判である。構築主義は真理や知識が社会によって構築されるという主張であり、相対主義は何が真理であるか、何が知識であるかは、相対的な問題だという主張である。こうした考えを認めるならば、客観的な唯一の真理や唯一正しい認識の方法があるのではなく、共同体ごとに異なるのであり、科学はその一つにすぎないことになってしまう。ポストモダン思想に影響されたこの種の見解がアメリカの人文・社会科学において、さらには学問の外部においても広く受容されている状況が、ボゴジアンが本書を執筆した背景にある。刊行当時(2006年)から十数年経った現在、「ポスト・トゥルース」や「フェイクニュース」といった語が世間を賑わせ、陰謀論が蔓延る状況を踏まえれば、真理や科学的エビデンスに対してどのように向き合うべきかといった問題の考察が喫緊の課題であることに変わりはないと言えるかもしれない。ただし、本書の主眼は時代状況を診断し、真実や科学的エビデンスの重要性を声高に唱えることにあるわけではない。ボゴジアンが本書で行うのは、相対主義構築主義が論理的に不整合であり、到底支持できないものであることを粘り強く「論証」することだ。つまり、相対主義構築主義に対して単にイデオロギーの次元から反対表明をするのではなく、その見解を支持する議論を分析し、それが不十分である、または内部に矛盾を抱えているのを指摘することが、ボゴジアンの試みである。

 

本書の内容を章ごとに紹介しておこう。一章でボゴジアンは、知識についての「ポストモダン相対主義」が人文・社会科学だけでなく、学界の外部においても広く受け入れられていることを指摘する。そのような見解によれば、根本的に異なる、しかしどれも等しく妥当な認識方法が多くあり、科学はその一例にすぎないという。ボゴジアンはこの教義を「平等妥当性(Equal Validity)」と呼ぶ。子供にどのような教育をすべきか、どのような社会制作を行うべきかにかんして私たちが科学に訴えている限り、科学に創造説と同程度の信頼しか認めない〈平等妥当性(Equal Validity)〉は、一部の哲学の専門家だけでなく、社会の成員である人全員にとって問題となると指摘する。

二章では、本書の論敵となる、知識についての構築主義的見解が紹介される。知識についての構築主義者は、知識が社会の利害や必要に基づいて構築されると主張する。ボゴジアンは事実・正当化・合理的説明に対応して、この見解の三つのバージョンを紹介する。事実についての構築主義によれば、すべての事実は社会的に構築されたものである。正当化についての構築主義によれば、どのような証拠がどのような信念を正当化するかといった事実(認識的事実)は社会的に構築されたものである。そして合理的説明についての構築主義によれば、私たちがあることを信じている理由を説明するためには、証拠だけでなく、私たちの利害や必要も持ち出さなければならない。以降の章でこれらの三つのバージョンが検討される。

三章と四章でボゴジアンが取り組むのは、事実についての構築主義である。ネルソン・グッドマン、ヒラリー・パトナムの議論を参照しつつ、事実についての構築主義が抱えている問題を指摘する。四章では、事実についての構築主義で最も有望なバージョンとして、リチャード・ローティ流の、相対主義的なバージョンの構築主義が主題的に取り上げられる。相対主義的な構築主義は、すべての事実は理論と相対的に成立するとされる。ボゴジアンは「ある理論を受け入れる」ということを相対主義者が上手く説明できないことを指摘し、事実についての構築主義を退ける。

五章、六章、七章でボゴジアンが取り組むのは、正当化についての構築主義である。この立場(「認識的相対主義」と呼ばれる)によれば、ある特定の証拠によってどの信念が正当化されるかは共同体によって異なる。認識的相対主義が相対化するのはこうした認識的事実に限られるので、すべての事実が相対的であるとする事実についての構築主義が誤りだとしても維持可能である。五章でボゴジアンは、ふたたびローティの著作に目を向ける。ローティは、ベラルミーノ枢機卿が聖書の記述に訴えて、ガリレオの望遠鏡による発見(コペルニクスの地動説)を退けた事例を挙げ、ガリレオの観察が地動説を信じる証拠であることをベラルミーノが否定したのは誤りではないと述べる。ローティが言うには、ある証拠が天体にかんするどの理論を正当化するかについての判断(認識的判断)は、ガリレオが採用する認識体系とベラルミーノが採用する認識体系によって異なり、どちらの体系が正しいかにかんする事実は存在しない。六章でボゴジアンは、個々の認識的判断の評価の基準となる認識体系を認識的相対主義者が上手く説明できないことを指摘することで、認識的相対主義の批判を試みる。七章でボゴジアンは、私たちの認識体系をどのように正当化できるかという問題に取り組む。仮に認識的相対主義が誤りで、客観的に正しい認識体系があるとしても、ベラルミーノの認識体系のように私たちと異なる認識体系があるとすれば、ベラルミーノに対して自らの認識体系の正しさをどのように説得できるだろうか。ボゴジアンは、どのような条件のもとで私たちは自らの認識体系の正当性を疑う理由が生じるかを分析することを通して、この問題の解決を試みる。

八章では、合理的理由についての構築主義が取り上げられる。この立場によれば、私たちが信じている物事について、なぜ私たちがそれらを信じているかを説明するには、その証拠だけでは不十分であり、私たちの利害などを持ち出す必要がある。彼が述べているように、もしこの立場が正しく、証拠などの認識的理由だけで特定の信念を抱くように動かされることが不可能ならば、正当化についての客観的な事実があるという、前節で擁護された主張はつまらないものになってしまう。ボゴジアンはクーンやデュエムの過小決定のアイデア――観察の証拠からは候補となる仮説を一つに選び出すことができない――に訴える議論を切り崩すことで、この立場の批判を試みる。

 

著者自身が序言に記しているように、本書は哲学の専門家でない人にもアクセスできるよう、テクニカルな哲学の語彙は最小限にとどめられている。それゆえ、本書を読むうえで前提となる哲学の知識はほとんどない。とはいえ、本書で提示される多くの議論は哲学の専門家にとっても刺激的なものであるはずだ。とりわけ、認識的相対主義に対する批判がなされる六章と七章がそうである。帰納法や演繹的推論など、私たちが用いている認識方法をいかに正当化できるかといった問題は、ボゴジアンがかねてから取り組んできた問題でもあり[1]、そこでの彼の議論はありきたりな相対主義批判とは一線を画している。

 

本書の特徴の一つとして、その射程の広さを挙げることができるだろう。ボゴジアンが論敵として念頭に置いているのはもっぱら、アメリカの「ポストモダニスト」の代表的論者であるリチャード・ローティである(大学院生時代にローティのゼミに出席していたとボゴジアンは序言で述べている)。とはいえ、本書でボゴジアンは特定の論者を攻撃の標的にしているわけではない。彼はローボゴジアンィや、ポストモダン思想を支持するその他の論者の著作を参照しながら、相対主義構築主義を一般的な形で定式化している。そのため、個別の論者に対する批判としては的を外している箇所があるかもしれないが、特定の論者に絞らず一般的な形で定式化したことで、本書が相対主義構築主義をめぐる議論のための「アジェンダ」を設定したと言っても過言ではないだろう。

本書は分析哲学において大きな反響を呼んだ。彼は人文・社会科学のなかで分析哲学は例外的にポストモダン風の相対主義からの影響をそれほど受けていないと書いているが、その分析哲学において相対主義の可能性を探る新たな動きが生じていたのだ。分析哲学の論文誌『フィロソフィカル・スタディーズ』では本書の特集が組まれ、新しい相対主義を先導するジョン・マクファーレンからの批判[2]、そしてそれに対するボゴジアンの応答[3]も収録されている。また、そこに収録されている論文でクリスピン・ライトは、ボゴジアンによる相対主義批判が新たな相対主義(ライトが言うところの「ニューエイジ相対主義」)にも同様に当てはまると論じている[4]。本書の与えたインパクトは分析哲学内部にとどまらない。新実在論ポストモダン思想の乗り越えを目指す新たな哲学的潮流)の旗手マルクス・ガブリエルはドイツ語版のあとがきで、ポストモダン相対主義に対抗する実在論の可能性をめぐる論争の「幕開け」として本書を位置付けている。邦訳の最後にはガブリエルのあとがきも収録されているので、ぜひそちらも読んでほしい。

原文で100ページと少しという分量にもかかわらず、本書の議論がもつスコープは極めて広範である。邦訳をきっかけに、大陸哲学と分析哲学の双方から本書めぐって活発な議論が起こることを訳者の一人として楽しみにしている。

 

 

 

[1] たとえば、Boghossian, P. (2001). “How Are Objective Epistemic Reasons Possible?,” Philosophical Studies 106: 1-40.

[2] MacFarlane, J. (2008). “Boghossian, Bellarmine, and Bayes,” Philosophical Studies 141: 391-398.

[3] Boghossian, P. (2008). “Replies to Wright, MacFarlane and Sosa,” Philosophical Studies 141: 409-432.

[4] Wright, C. (2007). “Fear of Relativism?,” Philosophical Studies 141: 379-390.

 

山名 諒(やまな・りょう)

京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程前期課程在学。専門は分析哲学。特に時間の形而上学、時間の現象学を研究。

 

 

ポール・ボゴジアン『知への恐れ 相対主義と構成主義に抗して』はnyx叢書007として堀之内出版より2021年3月に刊行予定です。

 

 

 

 

12/19(土)BOOK LOVER’S HOLIDAY in 下北沢 BONUS TRACK 出店

下北沢のステキプレイス、BONUS TRACK にて

12月19日(土)開催の本のマーケット

BOOK LOVER’S HOLIDAY に出店いたします!

日時 12/19(日)12:00〜18:00

場所 BONUS TRACK ▼地図リンク

www.google.com

 

 

そして!今回、マルジナリア書店ブースには

ステキなゲストにお越し頂く予定です!

 

『マザリング 現代の母なる場所』著者の中村佑子さん15:30頃〜(約15分程度)

www.hanmoto.com

 

『猫のミーラ』著者の井上奈奈さん15:45頃〜(約15分程度)

www.hanmoto.com

 

『あんぱん ジャムパン クリームパン 女三人モヤモヤ日記』著者の牟田都子さん16:00頃〜(約15分程度)

www.akishobo.com

 

サインのご要望などにお応え頂けますので、

ステキなゲストに会いにぜひいらしてください!

 

※当日の天候、ゲストのご体調や社会状況により、予定は変更する可能性がございます

『猫のミーラ』展示のお知らせ

ネコへの慈しみ、フリーダ・カーロへのオマージュが交差する美しい絵本、『猫のミーラ』。

冬の原画展巡回を開始します!

大阪 12月9日-1月11日 スタンダードブックストア
東京 1月15日-2月15日 NENOi
広島 2月18日-3月7日 羅秀夢 (ラシューム) 
岩手 3月13日-3月28日 BOOKNERD
 
各店舗での開催時間や詳細については、また追ってお知らせいたします。
お楽しみに!
(コロナ禍などの状況変化によって、開催期間などは変更の可能性もございます。都度ご案内いたしますので、お出かけの際は事前のご確認をお願いいたします)
 
取材のご要望などは よはく舎(メールアドレス:yorunoyohaku【@】gmail.com)までお願いいたします。
 

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GACCOH全国出張版 東京編 「やっぱり知りたい!西周」 ふりかえり座談会

石井雅巳(いしい・まさみ) 津和野町町長付/講座コーディネーター
小林えみ(こばやし・えみ) よはく舎代表
太田陽博(おおた・あきひろ)GACCOH代表

※この記事はGACCOHのnote掲載記事と同じ内容です

※関連記事 2017/09/17【やっぱり知りたい!西周】ナビゲーターからのコメント

◆反省!反省!

小林 GACCOH全国出張版 東京編「やっぱり知りたい!西周」講座、全3回終わりましたね! 石井さん、太田さん、おつかれさまでした。
石井 本当におつかれさまでした。
太田 本当に本当におつかれさまでした。
小林 会場が、とってもかわいい絵本専門店「ブックハウスカフェ」さんで、西周講座という(笑)。でも広さや駅からの近さが、開催側・受講生の方にとってもよかったのではないかと。
石井 なかなかファンシーな空間でした(笑)。でもアクセスや規模感も良かったですね。
太田 絵本専門の本屋さんで西周講座って、なかなかない組み合わせで、そういうのいいと思います。
小林 「映画見に来たんだけど、時間があいたから参加していっていいですか」という当日参加のお客様がいらして、実はそういう「講座を知らなかった」お客様もちらほらいらしたんですよね。これはとてもビックリしましたし、そういう出会いがあるのは本当に嬉しいことです。
石井 当日飛び込みの方はあまりいないんじゃないかと予想していましたが、結構いらして、それは私も嬉しい驚きでした。
小林 お客さんは、特に初回は1週間前での予約が10名強くらいでしたっけ? ちょっと大丈夫かなあ、という不安がありましたよね。でも当日は満員御礼でギュウギュウになりました!
石井 いやあ、GACCOHさん初の東京編ということで、ここでコケたら申し訳ないと思っていたので、前日までは正直胃が痛かったです(笑)。
太田 それは私もそうで、コケたら京都に引きこもる予定でした。
小林 私も調子いいこと言って、太田さんにお声かけした手前、胃が痛かった(笑)。三人ともキリキリしていたということで(笑)。
太田 共催イベントってこれまであまり行っていなくて、いつもなら参加者が少なくても「自分の収入が減る……」くらいでしか思ってなかったのですが、今回は小林さんとの共催ですし、石井さんは津和野からはるばる来ていただいているわけで……、その点いつもよりプレッシャーありましたね。
石井 そんなこんなでお二人の宣伝のお陰もあって、多くの方に来ていただけたわけですが、本当に良い参加者の方々に恵まれたなあと思っています。
小林 そうですね。そして、まず企画の成り立ちについて。
 ナビゲーターの石井さんは私から太田さんへご紹介しました。私は、それまで石井さんとは少し面識がある程度だったのですが、「ツワノシゴト模様」の「第1編:博士課程に進めなかった”哲学”研究者。「森鴎外」「西周」の故郷・津和野へ行く【『地方』×『研究者』】」というウェブ記事で石井さんの近況を知り、そこで雑誌『POSSE(ポッセ)』vol.36からの連載「それぞれの町で」で、地域で仕事をすることについてインタビューをさせて頂きました。そこで西周を研究されているということが面白いなと思って、私自身が石井さんからもう少し西周の話を聞きたいな、と思ったんです。
 GACCOHについては、それまでもSNSや著者などを通じて、面白い講座をされているなあ、ということを見聞きしていて、今回の西周講座の後になりましたが、いま企画が進行しているnyx×GACCOHの講座でGACCOHさんとコラボしたいな、ということをその少し前から考えていたんですね。だったら石井さんの西周もGACCOHさんとコラボで講座やっていただければいいんじゃないか、ということで太田さん・石井さんにご相談したんです。
 石井さんは津和野におられたので、距離的には、京都開催か東京開催かは決めていなくて、結局石井さんもお仕事としては東京の方が用事は多いし、まずは東京でやってみようかということになって。そのあたり、お二人はこの企画が持ち上がったとき、どんな受け止め方だったんでしょうか。
石井 私は率直に嬉しかったです。実はこれまで津和野町の東京事務所(Tsuwano T-space)で西周の入門講座を主催していました。元々は、山本貴光さんの『「百学連環」を読む』(三省堂)が出版されるのを知って、これしかない!と閃いて、山本さんに刊行記念のイベントを持ちかけたのがきっかけでした。その際は、私以外に山本さんと津和野の郷土史家である山岡浩二さんにも登壇していただき、参加費もかなり抑えて実施しました。今回は私一人でしたし、それなりのお金もいただくことになるので、嬉しいけれど、来てくれるかしらとビクビクしていました。
小林 私、何か企画するとき、すぐ根拠なく「大丈夫大丈夫!」って言っちゃうからなあ(笑)。心配するのは、いつもまわりの方という……(笑)。笑、じゃなくて申し訳ない!
石井 私にとって西周は副専門であり、当然これまでの実績もなかったわけで……、小林さんのその「えいや!」がなければ実現しえなかったので、ありがたかったです。
太田 私は普段は京都の自前のスペースでやっているのですが、スペースを持っているのは長所でもあり短所でもあると思っていて、常々GACCOH以外の場所、地域でもやらなあかんなと考えていたので、小林さんにお声掛け戴いた時、これはいい機会だと思いましたし、二つ返事でしたね。
小林 東京でのイベントであれば、自分だけで開催することもできるのですが、GACCOHという講座の枠組み・デザインの魅力をとても感じていて、その力を借りたかったし、同時にGACCOHをもっと多くの人に知ってもらいたいな、というのもありました。
石井 私も関西の知り合いの研究者がGACCOHさんで「やっぱり知りたい!」シリーズを担当していたので、以前から興味深く見ていました。いわゆる教養講座は色々ありますが、若手研究者に活躍の機会を与えてくれる場所というのは貴重ですし、こうした新しい取り組みがもっともっと盛り上がるといいなと思っていたところでした。そんな講座に私も参加できるのは光栄でした。
小林 石井さんの知識については、お話する中で伺っていますが、講義されるのを私も見たことがないので、講座としては冒険の部分もあったというのが正直なところでした。
 ただ、その点についてもGACCOHの「やっぱり知りたい!」シリーズは、若手の研究者の方が教育実習の場が少ない中で、講師も参加者も初心者としてお互い「やっぱり知りたい!」を共有するフレッシュさとお互いの新しい発見というのが、ポイントなのだと思っています。
 ただ、実際に石井さんの講義を見たら、すごいお話がうまくてねー(笑)。びっくりしました(笑)。
 きちんと緩急つけて資料をみせて、時々笑いもとって、お客さんを飽きさせない(笑)。石井さんの講師力が発揮されたんじゃないかな、という(笑)。

 

◆GACCOHの魅力

小林 GACCOHさんの良い特徴のひとつが、太田さんによるヴィジュアルですが、今回はどのように制作されたのでしょうか。

太田 あれは石井さんに「若き日の西周」、「晩年の西周肖像画」、二枚の写真を参考資料としていただいて、その二枚のギャップがおもしろかったんですね。若き日の写真の西周は自身に満ちた表情で正面をスッと見ている、それに対して晩年の肖像画西周はなんともいえない苦々しい表情で目線は少し下を向いている。その二枚を見比べていると、この間西周に色々あったんやろなと。ということでポスターの中心に二枚の西周をシンプルに並べてみようと思いました。
石井 本当にかっこいいポスターを作成していただたと思っています。講座でも説明した通り、西周という人は幕臣だったり、政府の官僚だったりと色々な「顔」をもった人物なんです。異なる雰囲気の顔を使うことで、その多面性を伝えることができているなと。
 また、背景は「百学連環」の覚書というメモから取ってきています。よく見ると分かるんですが、日本語とアルファベットが併記されていて、縦書きと横書きが混じっているんですね。西洋語が本格的に入ってきた際に、日本語がどのように変容するのかという問題は講座の内容にもかかわりますし、西のカオスな部分を象徴していて、ぴったりだと思いました。
小林 ブックガイドの表紙の似顔絵は太田さんが描かれたんですよね。あの周おじいちゃん、個人的にツボったんですが(笑)。

太田 はい、あれは勢いで書きました……。
石井 なんか剣豪っぽいですよね(笑)。髭の感じが特徴出ていてかわいくもあり。
小林 これらのヴィジュアルもそうですが、この西周講座のシリーズ「やっぱり知りたい!」シリーズとGACCOHが魅力的で。GACCOHについて、もう少し太田さんから教えて頂けますか。
太田 GACCOHというのは7年ほど前に当時の仕事を辞めて一年くらいフラフラしていた時、「大学時代もうちょっと勉強しときたかったなー、でも、いまさら大学通い直すのもめんどくさいしな...」→「なら自分のための学校を自宅につくればいいやないか」と貯金をはたいて自宅を自分で改装して学校(ガッコー GACCOH)をつくったのが始まりです。そこで「やっぱり知りたい!シリーズ」と銘打って自分が「やっぱり知りたい!」と思っていた哲学や科学や芸術といった分野に関する講座を企画し、若手の研究者に講師として来ていただいて、参加者を募りつつ自らも生徒として参加しています。始まりは自分のための学校でしたが、結果的にいろんな方が講座に参加してくださるようになっています。

小林 そういえば、GACCOHの発音問題が途中でありましたねえ(笑)。「学校」と同じ平坦に読む場合と、「ガッ」(↑あげて)「コー」(↓さげる)という。太田さんが、どっちでもいいということだったので、私は後者で発音してますが(笑)。
石井 私も鳥の「カッコウ」と同じイントネーションで読んでました。
小林 カッコウ(笑)。そうそう、同じだ―!(笑)
太田 どっちでもいいと言いつつ私は平坦に読んでいる派なのですが、最近やたらとカッコウ派が増えてきてヤバイ!と感じています(笑)。 
小林 ああっ(笑)。
太田 しかしこういうものは、人が呼びやすいように呼んで定着していくものなのかなと思っているので今は自然の成り行きに任せています...…。
小林 今回、受講生の方のレベルもとても高かったですよね。石井さんの研究者仲間の方もおられましたけれど、そうではない一般の方が、ご自分なりに当日の講座を聞いて、その感想と質問事項をまとめておられた。イベントで「ご質問は」というとご来場者の方が恐縮してしまって、手があがらないことも多いんです。今回は、すっすっ、と手があがって。
石井 ええ、本当に素晴らしい参加者の方々に恵まれました。僕も最初は質問時間が葬式のようになったり、謎の演説を開始しちゃう人がいたらどうしようなどとビビってたわけですが、本当に杞憂に終わりました。会場の雰囲気も良かったですし、質問も本質的な部分に切り込むものが多く、こちらが助けられたばかりか、時には冷や汗もかかされました(笑)。
太田 講座をやる上でいつも難しいなと感じていることは、参加者間の知識のレベル、問題関心が違う中で、いかに一つの講座を共有して楽しんでもらうか。ただ今回の西周に関しては皆さん一定程度知っているが、その先はよく知らない。前知識という面では参加者間の差が少なかったのかなと。だから質疑応答含め、いい雰囲気だったのかなと思っています。今から思うと「西周」という対象設定はかなり絶妙だったのではないかと(笑)。これから企画を考える上でいい経験をしましたね。
小林 受講生の方が「GACCOH」に興味をもたれたのか「西周」に興味をもたれたのか、「石井雅巳」に興味を持たれたのか、複数回答可で最終回アンケートとればよかったなあ。 そういえば、第二回は台風直撃で。あのときも開催できるのか、受講者の方こられるのか、また胃の痛い前日を迎え(笑)。当日、台風は逸れなかったですけど、外出不可レベルではない、雨が強いの範囲の時間帯で、受講生の方もお集まり頂けてよかったですね(笑)。
石井 しかも第二回の開催日には衆院選もありましたからね(笑)。開始時間になって、受講生の方が部屋にぞろぞろと入ってこられたときは目頭が熱くなりました。
小林 感動秘話! 石井さんは次の日、飛行機で津和野に帰れるか否や……、みたいな感じでしたが、夜中じゅうに無事台風も通過しましたし、懇親会も「日本語論」などで盛り上がって、これもまた良い回でしたね。
 あと、この講座を通じて、津和野に興味を持ってくださった方、「行ってみたい」とおっしゃって下さった方がおられたのもうれしかったです。
石井 そうですね! 町の職員としては、イベントを通して町をPRするという使命もありました。津和野は文化財もたくさんあって、良いところだと思うのですが、関東からのアクセスは決して良いとは言えないわけです……。そんなわけで、これを機に津和野という土地にも関心をもってくれたらと、スライドの扉の部分を写真付きの津和野紹介コーナーにしてみました。
小林 そうした受講者の方にとって「これから」の広がりがあることっていいな、と思うし、重要ですよね。私は、基本的には出版人、編集者なので、イベントは「本や読書につなげるためのイベント」という位置づけです。今回は、まず「石井雅巳さん」という若い方が新しいことをされていることを紹介したい!ということで、少し普段とは違うのですが、それがまた違うことに繋がっていくことの面白さを感じています。
 あとね、西周とか関心ない方も是非、津和野へ! 石井さんから頂いたマメ茶や葉ワサビの醤油漬けが美味しかった(笑)。食べ物おいしいところは良いところだ!
 東京の津和野T-SPACEへチラシを届けにいったときも「初陣」(津和野産の日本酒)のアイスを食べてまして、美味しかった(笑)。

◆これから!

石井 西周関連の事業ですと、出版事業が大きな柱になっています。西周の主要テクストの現代語訳や新しい全集をつくるという壮大な企画です。それを核にしながら、津和野を西周研究の拠点にしたり、西周を「地域資源」として捉えて、観光や教育などの分野で利活用できるようなインフラを整備していけたらなと考えています。僕自身は、西周でしっかり論文を書いて、なんとか研究として価値あるものも残していけたらなと思っています。
 あとは、津和野は西周森鷗外以外にもなかなか興味深い人物(岡熊臣、大国隆正、福羽美静・逸人、高岡直吉・熊雄兄弟などなど)を輩出しているので、そういった人々の紹介を津和野町東京事務所を使ってPRしていくのも面白そうだなと。
小林 GACCOHさんとのコラボについては、ひとつはnyx×GACCOHという講座を設けました。これはGACCOHさんで開催されている、今回の「やっぱり知りたい!」とはまた違って『nyx(ニュクス)』という思想誌を堀之内出版から発行しているのですが、この特集や企画を元にした講座シリーズです。
 「やっぱり知りたい!」よりは少し難しめになるかもしれませんが、雑誌からもう少し勉強したい、雑誌の論稿を読んでみたい、という方への補完的な、初学者でも参加可能な講座です。
 いま、募集中なのは『nyx』3号第一特集「マルクス主義からマルクスへ」と『マルクスとエコロジー』関連の講座として、斎藤幸平さんによる「マルクスと現代社会」三回講座。第一回は「マルクス主義新自由主義批判」で2017年12月16日(土)から開講の予定です。
 このnyx×GACCOHが今のところ2つ、2018年の開講予定(近日公開)があるのと、GACCOH全国出張版 東京編「やっぱり知りたい!」シリーズで1つ、2018年開講予定(近日公開)があります。
太田 小林さんとのコラボがぞくぞくと(笑)。今後ともよろしくお願いします。その他にも京都で「やっぱり知りたい!ジャック・デリダ」「やっぱり知りたい!ジャン゠リュック・ナンシー」「やっぱり知りたい!フェミニズム(仮)」が来年の一月からスタートします。
 あっ! もちろん京都に石井さんをおむかえしての「やっぱり知りたい!西周」の開催も予定しております。
石井 いやあ、どれも面白そうです。ぜひぜひ京都でもやらせていただきたいです!
小林 どれも楽しみですね! あと、実は太田さんと企画のご相談をしているときに、今回「全国出張版 東京編」と名付けているので、「全国」、東京以外の開催企画も実現してほしいなあ、と思ってます。太田さん、期待してます!(笑)
太田 そうですね。いろんな地域で開催していきたいですね。
「やっぱり知りたい!」という方がいる限り日本全国どこでも可能性はあります...!
小林 温泉があるところがいいな(笑)。
太田 それは確かに。ちなみに先日の西周最終回の京都への帰りに伊豆で温泉に入ってきました(笑)。
小林 いいなあ(笑)。そうやってみんなでぐるぐる全国まわりましょうー!
(終)

よはく舎 ロゴマーク公開

〔2020/08/31 13:01 に別媒体で発表した記事を転載しております〕

よはく舎のロゴをデザイナーの平山みな美さんに作成していただきました。社名の由来、またロゴマークのなりたちを記します。

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よはく(余白)

よはく舎の「よはく」は「余白」です。英語では「margin」、その元のラテン語である「margo」は「縁」という意味です。これらの「中心ではない位置/外側への広がり/これから書き込まれていく場所」へむけてコンテンツを提供するイメージで命名しました。また、よはく舎のブランドのひとつである「nyx(ニュクス、意味:夜)」がやがて迎える薄明をよはくと捉え、「光/これからのスペース/到来する未来」のイメージも重ねています。
ロゴの制作を考えた時に、意味が「本の余白」だけであれば、それだけを具体的なモノとして提示できますが、このように複層的なイメージをどう落とし込んでもらうか、ということを悩みました。平山さんにご相談するなかで「例えば好きな動物などはありますか?」と示唆していただき、でてきたモチーフが「クロウタドリ」です。

クロウタドリ

この黒い鳥は(大勢の日本在住者は黒い鳥=カラスを思い浮かべると思いますが……)、クロウタドリです。これはThe Beatlesの曲《Blackbird》をモチーフにしています。

赤ん坊のころから、私はレコードや父の弾き語りでこの曲をずっと聴いていました。つらいとき、悲しいとき、父とこの曲、そしてカトリック系の幼稚園でシスターから頂いた聖書(The Book)がありました。それが私の文化と読書の出発点です(大人用の聖書が読めるようになるのは少し後でしたが)。

《Blackbird》はジョン・レノンポール・マッカートニーの共同名義、レノン=マッカートニーとなっていますが、実質はポール・マッカートニーの単独作品として知られています。
この曲は公民権運動が盛んだった1957年におきた「リトルロック高校事件」に着想をえて作曲されたそうです。
ポール・マッカートニー、“Blackbird”を書くきっかけになった二人の黒人女性と対面、2016年5月2日、NME JAPAN)
アフリカ系アメリカ人、女性の人権擁護や解放について応援する歌詞に、優しいアルペジオと足のタップが付されたシンプルで美しい曲です。

Blackbird singing in the dead of night
Take these broken wings and learn to fly
All your life
You were only waiting for this moment to arise

真夜中にクロウタドリさえずる
傷ついた羽で飛び立つ 飛べるようになるためにと
これまでの人生でずっと
あなたはひたすら待ち続けていた 飛び立つこのときを
Blackbird fly Blackbird fly
Into the light of the dark black night

クロウタドリは飛ぶよ クロウタドリは飛ぶよ
暗い闇夜の中の光へむかって

クロウタドリは日本でのカラスのように、イギリスやヨーロッパでは都市部でも普通に見られる野鳥です。ヨタカのように夜行性ではないそうで、おそらくポールもそうしたことを知っているでしょうけれど、その鳥が真夜中から光を目指して飛びたつ、という架空のイメージでこの詞は描かれています。
1957年のリトルロック高校事件、60年代に盛んだった公民権運動はいくつもの成果を得ました。しかし、それから約半世紀たった2020年現在、#BlackLivesMatter が起きていることなど、いまだアフリカ系アメリカ人の人権は万全ではなく、同様に女性の人権もまだ十分に保障されていません。私たちは、まだ「傷ついた(傷つけられた)」羽で立ち上がり、声をあげなければいけないのです。

新しい未来(よはくの向こう)へ向かって、傷ついた羽(broken wings)、落ちくぼんだ眼(sunken eyes)で暗い闇夜から飛び立つイメージは、よはく舎のシンボルとしてとてもぴったりくるものでした。
ただし、公民権運動に着想を得た作品を、アフリカ系アメリカ人ではない日本の企業がモチーフとして扱うことに問題はないか、ということも考えました。
何人かの国内外の知人にも相談し、運動内部の作品ではないこと(背景のエピソードとして知られてはいるけれど、一般的に運動の作品として強く意識されておらず、また作者のマッカートニー自身も運動内部のポジションではないこと)、中傷ではなくエンパワメントの意図に賛同の意で用いることなどから文化的盗用、搾取、同化にはあたらず差支えないと判断しました。
ただ、こうした背景も読み込んでロゴのシンボルとすることに恥ずかしくない活動を、という意識は常に持ちたいと思います。

ロゴタイプ

「よはく舎」という文字の書体は平山さんが「NUDモトヤ明朝」を選んでくださいました。モトヤ書体は、朝日新聞社の本文用明朝体を彫った太佐源三氏が1953年にゴシック体を、1954年に明朝体を完成させた端正でありながら可読性が高い書体です。

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明朝体は他にももっと流麗なものなどもありますが、少しクラシカルな印象であったり、より硬い印象になったりします。この書体はユニバーサル書体であること、また「モダンで柔らかい印象もある書体」とご紹介頂き、よはく舎のコンセプトに合うものとして、とても気に入っています。

ロゴと歩む今後

改めて、素敵なロゴを作成してくださったデザイナーの平山みな美さんに御礼申し上げます。

そして、最後にもうひとつポール・マッカートニーの名曲を。
《We All Stand Together》

国際的な知名度はそれほど高くないのですが、イギリスの人気キャラクター「ルパート(Rupert Bear)」のアニメ、「ルパートとカエルの歌」の主題歌としてつくられた歌です。

上記の動画ではカットされていますが、アニメの冒頭とラストにはポール・マッカートニー自身が出演しており、その舞台としてロンドンの書店Jarndyce Bookshopが使われています。

こちらも《Blackbird》と同様に美しい、カエルを模したコーラスがユーモラスな3拍子の夜の歌です。

Walk in the night
You’ll get it right
夜に歩き
あなたたちは正義を手にいれる
Arm in arm, hand in hand
We all stand together
腕に腕を、手に手をとり
私たちはみんな共に立ち上がる

よはく舎のロゴのなかで、傷ついた羽と落ちくぼんだ眼をもつクロウタドリは、進行方向にではなく首をひねって月を見上げています。そのまま進むのではなく、あえて光にむきなおり、小さなさえずりをあげようとしています。
そんなクロウタドリと同じく、小さな版元として改めてスタートをするよはく舎は、弱弱しく、いさましい強いちからはもっていません。
しかし、その暗い闇夜、弱い場所から発信するものが、だれかを助ける糧になること、美しい幸せのもととなることを信じて、それでも――、暗い闇夜から首をひねり、余白(margin)の外、光へむかって、クロウタドリとともに、よはく舎も飛び立ちます。
その先で、多くの仲間と手に手をとり、共に立ち上がる未来を夢見て。

夜は更けて、日が近づいた。だから、闇におこなわれる業をすてて、光の甲(よろい)をつけよう。
(ローマ人への手紙13.12)

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※上記歌詞の訳詞は既訳を参考にしながら、小林えみ が翻訳しました。you が単数なのか複数なのか、などの細かい判断は公式の確認をとったものではなく、前後をふまえての小林の判断とご理解ください。

 

よはく舎newsまとめ(2017~2020年)

よはく舎の2017~2020年の活動をまとめています。

*2020/12/01 【新規事業】マルジナリア書店(分倍河原)をプレオープン

 

*2020/11/22 【司会】小林えみ/オンライン開催・図書館総合展おまけ会

 

*2020/11/20 【ゲスト講義】小林えみ/専修大学教養科目「サブカルチャー論」にて「出版文化の現在」

 

*2020/09/25 【書籍刊行】

www.hanmoto.com

 

*2020/10/05-16 【商談会】「書店向けWeb商談会 2020秋」参加

 

*2020/10/04 【商談会】「すずきたけしの「書店員お悩み相談会」in書店向けWeb商談会 2020秋 前夜祭」開催

 

*2020/09/26 【イベント開催】「読書会 わたしたちの好きな雨宮まみさんの本たち」@GOTTA九段下

  

*2020/09/25 【書籍刊行】

www.hanmoto.com

 

*2020/08/17 【イベント開催】「元サッカー少年書店員の愉楽と憂鬱」@GOTTA九段下

 

*2020/08/01 【イベント開催】「美しい本をつくる現場の技術」@GOTTA九段下

 

*2020/07/10-11 【イベント開催】ブックフェア「ちいさないきつぎ」@GOTTA九段下

 

*2020/07/10-11 【イベント開催】ブックフェア「ちいさないきつぎ」@GOTTA九段下

 

*2020/05/15-20 【イベント開催】ブックフェア「ちいさないきつぎ」@GOTTA九段下

 

*2020/05/15 【インスタライブゲスト】ココシバさんInstagram

*2019/12/22 【イベント開催】「ヘーゲル(再)入門ツアー 2019→2020」 川瀬和也

*2019/10/06 【イベント開催】『西周と「哲学」の誕生』『西周 現代語訳セレクション』『在野研究ビギナーズ:勝手にはじめる研究生活』トリプル刊行記念—–やっぱり知りたい!西周リターンズ&在野ビギナーズ—– 石井雅巳

*2019/08/31 【講師】小林えみ/浄土複合ライティング・スクール2019にてゲスト講師

*2019/08/24 【イベント開催】「『概念工学』入門ツアー:推論主義から社会変革の哲学へ」松井隆明 サマーキャンプ(集中講義)

*2019/06/29 【イベント登壇】小林えみ/戸田市男女共同参画フォーラム「出版界で活躍する女性たち」にて講演

*2019/06/07 【イベント登壇】小林えみ/CONFERENCE "NATURE TECHNOLOGY METAPHYSICS" (JUNE 6 & 7, 2019)にてスピーチ(記事公開)

*2019/05/28 【イベント登壇】小林えみ/日本出版学会出版編集研究部会「独立系出版社の編集デザイン」にて上田宙氏、宮後優子氏と登壇(記事公開)

*2019/04/20 【イベント登壇】小林えみ/『なぜオフィスでラブなのか』刊行記念トークイベント「職場と時代と女と男」 rebelbooks(高崎市

*2019/03/10 【イベント登壇】「哲学者と編集者で考える、<売れる哲学書>のつくり方」に小林えみが登壇 配布資料がマガジン航にて公開「所感:2010年代の日本の商業出版における著者と編集者の協働について、営業担当者と書店との協働について」

*2019/03/10 【イベント開催】「ヘーゲル(再)入門ツアー 2019 東京編」川瀬和也 

*2019/03/03 【イベント登壇】「話題の編集者と考える本のこと~第1回なぜ今、本を読むのか~」に小林えみが登壇 週刊読書人にて記事公開

*2019/03/03 【フェア/選書】「話題の編集者と考える本のこと~第1回なぜ今、本を読むのか~」にて選書

*2019/01/24 【ゲスト講義】小林えみ/早稲田大学文化構想学部文芸・ジャーナリズム論系

*2018/09/01 【イベント開催】nyx×GACCOH「マルクス現代社会」東京編 斎藤幸平

*2018/07/16 【フェア/選書】ときわ書房志津ステーションビル店さんフェア企画「第4回ときわ志津佐倉文庫フェア「「愛」についてのこの1冊」に選書参加(坂口安吾『青鬼の褌を洗う女』)

*2018/07/14 【イベント登壇】「『NO BOOK NO LIFE -Editor's Selection- 編集者22人が本気で選んだ166冊の本』刊行記念ブックトーク!」に小林えみが登壇

*2018/06/30 【フェア/選書】小林えみ/『日本のヤバい女の子』(柏書房)の刊行記念フェアにて選書

*2018/06/20 【出版/選書】小林えみ/『NO BOOK NO LIFE -Editor's Selection- 編集者22人が本気で選んだ166冊の本』(雷鳥社)に選書が収録。

*2018/05/20 【イベント開催】nyx×GACCOH「やっぱり知りたい!トマス・アクィナス -はじめてのスコラ哲学- 」

*2018/04/07 【イベント開催】nyx×GACCOHレクチャー 「マルクス・ガブリエル入門」浅沼光樹

*2018/03/13 【イベント登壇】「ママ起業家プレゼン mi ra i 2018@TOKYO創業ステーション」 トークセッションに小林えみが登壇

*2018/03/13 【イベント開催】「小規模出版社のしごと」にて、小林えみ 講演

*2018/02/10 【イベント開催】GACCOH全国出張版「やっぱり知りたい! 技術と哲学の臨界点」東京編 セバスチャン・ブロイ

*2017/12/16 【イベント開催】nyx×GACCOHレクチャー「マルクス現代社会」斎藤幸平 開催

*2017/10/21 【イベント開催】オーサービジット@東京堂書店「書店を著者と巡る」江川純一×佐々木雄大「聖なるものを読む」

*2017/10/01 【イベント開催】オーサービジット@東京堂書店「書店を著者と巡る」藤田直哉×長瀬千雅「アートフェスを読む」

*2017/08/26 【イベント開催】オーサービジット@東京堂書店「書店を著者と巡る」都甲幸治×下平尾直「狂喜の読み屋と世界文学を読む」

*2017/08/23 【イベント開催】「独立系女性版元の はたらきかた」
レポート記事「女性たちが「1人出版社」を起業した理由

*2017/08/20 【イベント開催】オーサービジット@東京堂書店「書店を著者と巡る」戸谷洋志 「哲学としてのポップカルチャーを読む」

*2017/08/13 【イベント開催】オーサービジット@東京堂書店「書店を著者と巡る」河野真太郎×伊澤高志「英文学と恋愛を読む」

*2017/08/01 【展示】-09/ 写真・北原徹「scholars」東京堂書店 階段スペース

*2017/07/16 【選書】-09/03 小林えみ/ときわ書房志津ステーションビル店さんフェア企画「第3回ときわ志津佐倉文庫フェア「若き人(あなた)に勧めるこの1冊」に選書参加(キャサリンマンスフィールドマンスフィールド短編集』)開催

​*2017/07/15 【イベント登壇】小林えみ/『POSSE』vol.35刊行記念イベント「学生がつくる働き方雑誌の続く理由」/時間:15時~/会場:しばしば舎/詳細

*2017/07/08 【イベント登壇】小林えみ/絵本『ウラオモテヤマネコ』トークイベント/時間:19時~/会場:ブックスキューブリック箱崎店/詳細

*2017/06/11 【選書】小林えみ/-06/18 井上奈奈個展「誰も知らない話  12冊 × 12人 本とアートの間より」(ギャラリー枝香庵/銀座)に選書参加(アンナ・カヴァン『氷』)

学術翻訳書の翻訳のあり方について(朱喜哲氏によるツイート転載)

2020年10月にロバート・ブランダム『プラグマティズムはどこから来て、どこへ行くのか』(上・下、勁草書房)を共訳された朱喜哲(ちゅ・ひちょる)さんが、学術翻訳について2020年10月24日にツイートをされました。学術翻訳の翻訳の進行についてなど、多くの研究者へ示唆に富む内容であったため、ご本人の許可を得て転載、nyx編集担当による、版元の立場からのコメントを付させて頂きました。

朱喜哲氏所感

(以下、連続ツイートを転載)
それにしても学術書翻訳を初めて体験して、過去のあらゆるタイプの仕事のなかでも(自分たち自身の)要求水準を満たす難易度がもっとも高く、ひとえに自分の勉強と日本語哲学への貢献以外にはインセンティブもない仕事なので、あらためてこれだけ翻訳を重ねて来た先人たちへの敬意を新たにしました。

評価は読者に委ねるほかありませんが、今回やってみて学術書翻訳は「①同書の原語での議論状況をフォローできている人」複数が「②対等にレビューしあえるチーム体制」で臨むのがよいなと感じました。その点で、博士後期〜初期キャリアの研究者がチームを組むのがいいと思いますが、いくつか問題も。

ひとつに出版社とのアクセスが限られる点で、これは機会平等の観点はもちろん、アクセスを持つ一部の人が<若手>に下訳を振る構図を生みがちで、場合によっては「搾取」とまで言えそうなケースも知っています。また総じて翻訳の業績評価が低い(複数人の場合はなおさら)ことも逆インセンティブ要因。

翻訳書の質・量的な充実は、当該分野の裾野の広がりを象徴する指標で、哲学の場合には過去、つまりちょうど退官される時期になった団塊世代の先生方の業績量を思うと、今後ここが痩せ細っていくことは残念ながら避けがたいですが、それだけに優れた訳業を業界で顕彰するとか、価値を高めたいですね。

日本翻訳大賞」みたいな活動によって、わたしも手に取る文学系の訳本が増えましたし、業界内の評価が広く可視化されるのは読者にも後進にとっても、極めて有益だと思います。学術書の訳業の評価は、文学とはまた違ってしかるべきですし、選評とかも聴いてみたいところ。


小林えみ所感

 技術書や科学、どんな分野でも翻訳は簡単なことではないと思いますが、とりわけ人文系の学術書翻訳はとても手間のかかる作業のように思います。まず書かれた言語についての理解が必要なことは他分野とも共通のこととして、確定的な事実(例:AさんがB市で〇月〇日講演をした)や数式とも異なる、論理的ではあるけれども、ある種の不確かさも含んだ人の思考を、別の言語(日本語)で、その界隈の日本語の術語も把握しながら、また、ときには元の言語では共有されている文脈や事実関係を補完しなければいけません。西洋哲学思想界隈では欧文からの翻訳が多いですが、欧米圏内もひとくくりにはできないとはいえ、英語をフランス語に翻訳やドイツ語を英語に翻訳するより、日本語というまったく違う言語圏への翻訳は、より大変だということは想像にかたくありません。日本では欧米語のまとまった翻訳の緒をひらいた西周をはじめ(『西周と「哲学」の誕生』をご参照ください)そのような仕事が脈々と積み重ねが、現在の日本での哲学思想の発展に寄与してきました。
 しかし、辞書もないなかで手探りの翻訳をしていた時代もその大変さはあったとはいえ、現状の研究者が置かれている研究以外の校務の多さ、また日本語ネイティブ人口減少(ありていにいえば読者人口の減少、興味関心か否かの問題ではない全体的な売上減少のトレンド)の中で、研究者、また商業出版の版元が、どのくらい「翻訳出版」に力をそそいでいけるかは、昔とは違う困難をかかえ、非常に悩ましいと言わざるを得ません。
 朱さんがお書きになられたように、「要求水準を満たす難易度がもっとも高く」、それでいて「自分の勉強と日本語哲学への貢献以外にはインセンティブもない」。素晴らしいお仕事に版元が経済的なインセンティブを付与することができれば、なお良いことだとは思いますが、上記のトレンドの中ではいずれの版元においても「十分な」お支払、経済的な報いは難しい、というのが率直な現状でしょう(もちろん、例外はあるとして、一般的には)。
 支払が十分とはいえない、ということについては、経費負担として翻訳には原著への翻訳権料の支払いとの兼ね合いもあります。原著への尊敬と尊重は必要ですが、専門度の高い書籍において、文芸や一般書とも共通する相場や契約の文言は見合っているのだろうか、と考えることもあります。ありていにいえば学術の翻訳の契約料はもっと安価で長期間の保証があってもいいように思います。ただし、期間については、事実上の絶版が他社で契約できない、というような弊害をさけるために、長期契約の場合は独占の事項は外す、などが考えられます。
 朱さんが提議された「学術書の訳業の評価」も、時折話題にあがることですが、こうしたことは学術界隈、また出版など関連業界において、真剣に検討はできることだと思います。
 厳しい研究・社会状況の中で、研究者の方たちの方たちが 労苦をひきうけ、世に出された成果は、必ず世の役にたつでしょう(学術の成果が端的な有用性を基準とすべきか、という点は一旦措くとして)。翻訳書が日本語で刊行される意義を、その成果を正当に評価しつつ、今後、その制作環境や評価について、また頒布のされ方について、訳者・版元・読者をまじえ、さらに議論が広がることを願っています。

ロバート・ブランダム『プラグマティズムはどこから来て、どこへ行くのか』(上・下)加藤 隆文/田中 凌/朱 喜哲/三木 那由他
プラグマティズムは死なず! 分析哲学ドイツ観念論を経由して、過去から現在に至るプラグマティズムを生き生きと蘇らせる。

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